PPP (Play,Pause,Play.)
- 2017/09/21
- 23:22
嘘みたいによく晴れた、九月のある朝。
ラジカセにテープを入れて、再生ボタンを押す。
聞き慣れた音が流れて、部屋を風が通り抜ける。
曲の途中で用事を思い出して、一時停止ボタンを押す。椅子から立ち上がる。
少ししてから部屋に戻ってきて、再生ボタンを押す。
さっき聞いていた音が、少しだけ違って聞こえる。
地下鉄で新宿に向かう。
いつか行かなきゃ、と思いながら三年が過ぎた。
三年。
もうそんなに時間が経ってしまったなんて、なんだか信じられない。
あの頃の自分。
たくさんの人に救われていた。
そのことを思い出しながら、改札を抜ける。
デパートの食品街で菓子折を買う。
のし紙の言葉を少し迷って、「御礼」を選ぶ。
三年前と変わらない風景が見えてくる。
いらっしゃいませ、と響く声、ずらっと売り場に並んだパン。
見知らぬ販売スタッフの方に声をかけて、製造のリーダーを呼んでもらう。
三年経ったら、やっとスタートラインに立てると思ってきた。
それまではまだ何者でもない、と思っていた。
自分の店を持ちました、そう胸を張って言えるようになったら、その時はお世話になったお店にお礼と報告をしに行こう、と決めていた。
リーダーは、何も変わっていなかった。
僕だって何も変わっていやしない。
リーダーはリーダーで、僕は相変わらず僕のままだ。
パンなんてろくに作ったこともなかった僕は、この大きくて、少し古くて、だけどどこまでも優しい店に拾ってもらって、二年間お世話になった。
その二年間のおかげで今の自分がある。
薄っぺらいのし紙なんかじゃとても伝えきれないほどの感謝を、僕はこの店に伝えなきゃならない。
だけど上手く伝えることもできないまま、僕はその場を去る。
まったく、相変わらず僕は僕のままだ。
それでもずっと気になっていたことを何とか出来た、という解放感と、突き抜けるように青い空の気持ち良さに背中を押されて、そのまま家に帰る気にはなれず渋谷行きの電車に乗った。
いくつかレコード屋を回ったら、古着屋に寄ってラーメンを食べて、帰り道にバゲットを買って帰ることにした。
まず最初、宇田川交番近くの、最近当たりの少ないDから攻める。
雑居ビルの四階、そこで偶然のような必然が起きる。
相変わらずピンとくる音には出会えず、今日も当たりなしか、とエレベーターに乗ろうとしたところで昔の名前を呼ばれる。
自分が音楽をやっていた頃の名前。
もう何年経ったろう。
渋谷の町並みはずいぶん変わったし、行き交う人も同じようで何か違う気がするけど、こうやってレコード屋でバッタリ、っていうパターンは変わらないんだな、と思う。
当たりのない店で、たまにとんでもない大当たりが出ちゃうことだってある。
久しぶりで、自然と握手を交わす。
相変わらず大きくて、固い手だ。
今度、店行くよと言われる。
今度、昼間にやるイベントあったら教えて、と言う。
もう一度握手をする。
大きな背中が、エレベーターの中に消える。
数分間のことが、幻のように感じられる。
そして三人で音楽をやってた頃のことが、圧倒的な速度で頭の中を駆け巡る。
自分が音楽を辞めた時。
最後は気持ちのいい終わり方ができなかった。
わだかまったままでろくに連絡もとらなかった。
昔の仲間から間接的に聞く話で、あいつらまだ頑張ってる、って知ることができた。
違う道を選んだ自分は、その道をただ真っ直ぐ進んでいくしかない、と思ってきた。
三年間で色んなことが変わった。
得たものがあり、失ったものがあった。
だけど自分ってやつは、相変わらずだ。
明日からは、何かが変わるだろうか。
どこからか音楽が聞こえてくる。
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