終わらない歌
- 2019/09/05
- 23:00
こんばんは。
ようやく夏が終わったのかな、そう感じさせるほど涼しい昨日今日。
季節が変わるんだな、というのはパン生地(の発酵具合)を見ているときに一番感じます。
一つの季節が終わる、ということ。
終わってしまうということ。
店を始めたときからずっとずっとお世話になってきた餡子屋さんが昨日の朝いつも通り餡子を納品してくれていつも納品書置いたらすぐ帰るのに何か昨日に限ってこっちに背中向けたまま動かないからあれ変な感じだなと思ってたらいきなり納品書とは明らかに違う白い紙を二枚渡してきて。
その紙の一番上に「廃業のお知らせ」って書いてあって。
まだ朝早いから何か俺も餡子屋さんも寝ぼけてんのかなって、寝ぼけてたらいいのに、もうこんな馬鹿げた話は本当に全部ただの悪い夢だったらいいのに、って思ったけど夢じゃありませんでした。
どうしようもない、現実でした。
たぶん僕と同年代の、その寡黙な配送の人は、「もうキツくなっちゃって」、みたいなことを申し訳なさそうに言いました。
冗談でしょ、って思いたかったけど、もうそんなんじゃない、ってよくわかってたし、何て言っていいかわからなくて「店はじめてからずっと、本当に、ありがとうございました、」みたいなことを無理矢理ひねり出して、そんなこと聞かれてもいないのに「あんバターが、餡子が、本当に美味しくて、」とか言ってるうちに目の周りが熱くなってきてもうそれ以上無駄に喋るのをやめました。
そしたら配送の人は、ここまでの数分間がなかったことみたいに、いつも通り速やかに段ボールを小脇に抱えて去りました。
車のドアが閉まる音がして、エンジンの音がして、でも僕だけは動けないままでした。
悲しいとか、残念とかよりも、一番強く感じたのは意外にも怒りでした。
何に対して?
よくわからない。
だけどこんなにも怒りを感じるのは久々でした。
気持ちを落ち着けたくて、無音が耐えられなくて、アンプの電源を入れました。
たまたま手が触れたところにビル・エバンスが出てきて、月並みかもしれないけど今それ以上にふさわしい音はないような気もして、スピーカーから探るような出だしのピアノの音が聞こえてきた時、ようやく少しだけ正気になれました。
テーブルの上の白い紙。
昭和23年の創業以来、ひたすら餡子を作り続けてきたこと。
「昨今の経営環境の大きな変化を受けての苦渋の決断」について。
「不本意ながら廃業いたす」ことについて。
詳しいことはよくわかりません。
こんな紙をどれだけ読んだところで本当のことはわかりません。
でもこれだけは言える。
こんな社会は間違ってる。
真面目に餡子を作り続けてきた人達がいきなり道を断たれて「廃業のお詫び」をしなきゃならないような、そんな国はおかしい。
生産者を追い込むようなルールが勝手に決められて、真面目にやってる人達が苦しむような仕組みは変えていかなきゃならない。
皆不安を感じてる。
この先どうなるんだろう、って思ってる。
僕に出来ることは何か。
わからない。
今そこまで考えられるほど冷静じゃない。
ただ、この仕組みの中でサバイブしていくこと。
淡々と、最高のパンを作ること。
それを毎日続けること。絶対にやめないこと。
それこそが、この世界に対する一つの意思表明でありレジスタンスであること。
そんなわけで、皆さまがあんバターを食べに来てくださるのをお待ちしています。
9月いっぱいは、今の形のあんバターをお出しできると思います。
では。
ようやく夏が終わったのかな、そう感じさせるほど涼しい昨日今日。
季節が変わるんだな、というのはパン生地(の発酵具合)を見ているときに一番感じます。
一つの季節が終わる、ということ。
終わってしまうということ。
店を始めたときからずっとずっとお世話になってきた餡子屋さんが昨日の朝いつも通り餡子を納品してくれていつも納品書置いたらすぐ帰るのに何か昨日に限ってこっちに背中向けたまま動かないからあれ変な感じだなと思ってたらいきなり納品書とは明らかに違う白い紙を二枚渡してきて。
その紙の一番上に「廃業のお知らせ」って書いてあって。
まだ朝早いから何か俺も餡子屋さんも寝ぼけてんのかなって、寝ぼけてたらいいのに、もうこんな馬鹿げた話は本当に全部ただの悪い夢だったらいいのに、って思ったけど夢じゃありませんでした。
どうしようもない、現実でした。
たぶん僕と同年代の、その寡黙な配送の人は、「もうキツくなっちゃって」、みたいなことを申し訳なさそうに言いました。
冗談でしょ、って思いたかったけど、もうそんなんじゃない、ってよくわかってたし、何て言っていいかわからなくて「店はじめてからずっと、本当に、ありがとうございました、」みたいなことを無理矢理ひねり出して、そんなこと聞かれてもいないのに「あんバターが、餡子が、本当に美味しくて、」とか言ってるうちに目の周りが熱くなってきてもうそれ以上無駄に喋るのをやめました。
そしたら配送の人は、ここまでの数分間がなかったことみたいに、いつも通り速やかに段ボールを小脇に抱えて去りました。
車のドアが閉まる音がして、エンジンの音がして、でも僕だけは動けないままでした。
悲しいとか、残念とかよりも、一番強く感じたのは意外にも怒りでした。
何に対して?
よくわからない。
だけどこんなにも怒りを感じるのは久々でした。
気持ちを落ち着けたくて、無音が耐えられなくて、アンプの電源を入れました。
たまたま手が触れたところにビル・エバンスが出てきて、月並みかもしれないけど今それ以上にふさわしい音はないような気もして、スピーカーから探るような出だしのピアノの音が聞こえてきた時、ようやく少しだけ正気になれました。
テーブルの上の白い紙。
昭和23年の創業以来、ひたすら餡子を作り続けてきたこと。
「昨今の経営環境の大きな変化を受けての苦渋の決断」について。
「不本意ながら廃業いたす」ことについて。
詳しいことはよくわかりません。
こんな紙をどれだけ読んだところで本当のことはわかりません。
でもこれだけは言える。
こんな社会は間違ってる。
真面目に餡子を作り続けてきた人達がいきなり道を断たれて「廃業のお詫び」をしなきゃならないような、そんな国はおかしい。
生産者を追い込むようなルールが勝手に決められて、真面目にやってる人達が苦しむような仕組みは変えていかなきゃならない。
皆不安を感じてる。
この先どうなるんだろう、って思ってる。
僕に出来ることは何か。
わからない。
今そこまで考えられるほど冷静じゃない。
ただ、この仕組みの中でサバイブしていくこと。
淡々と、最高のパンを作ること。
それを毎日続けること。絶対にやめないこと。
それこそが、この世界に対する一つの意思表明でありレジスタンスであること。
そんなわけで、皆さまがあんバターを食べに来てくださるのをお待ちしています。
9月いっぱいは、今の形のあんバターをお出しできると思います。
では。
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